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Simple is innovation. With true simplicity? (後編)

デザイナー佐藤卓氏と、JBIGの野田泰平が、
「ほんとうのシンプルは?」について語り合った。

2人が考える「美しい」についての定義やデザインというテーマに対して、モノづくりの観点や人間の感覚など様々な視点から深く、興味深い内容に富んだ対談となったため、前編・後編の2回に分けてお届けします。

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佐藤 卓氏
株式会社TSDO 代表取締役会長
1979年東京藝術大学デザイン科卒業、1981年同大学院修了。株式会社電通を経て、1984年佐藤卓デザイン事務所(現 TSDO)設立。
代表作に「ロッテ キシリトールガム」「明治おいしい牛乳」パッケージデザイン、「PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE」グラフィックデザイン、「金沢21世紀美術館」「国立科学博物館」シンボルマークなど。また、NHK Eテレ「にほんごであそぼ」アートディレクター、「デザインあ」総合指導、21_21 DESIGN SIGHT館長を務め、展覧会も多数企画・開催。著書に『塑する思考』など。

お客様と商品の“特別な関係”をつくっていく。

「大切にしよう」という想いから生まれる愛着。

野田泰平(以下、野田) 『ロシオン エクラ(トリプルエッセンス美容液)』(以下、エクラ)のプロダクトデザインをお願いした時は、シンプルかつ長く使えるもの、捨てるものは最小限で、使い続けられるものを多くしたいということで、このカタチになりました。

佐藤卓(以下、佐藤) 通常、基礎化粧品のローションの場合は、例えば中身を入れ替える方式のものでも、再利用できる素材のものでも捨てられてしまうことが多い。詰め替える度に、ボトルの中をきれいに洗浄するのは難しいですから。だけどP.G.C.D.らしい解決方法ってあるんじゃないか、P.G.C.D.らしい提案だなと感じてもらえるようなものにするべきなんじゃないか、と思ったんです。ここで当たり前の道を、やっぱりP.G.C.D.は選択すべきではないと。

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野田 特にエクラのボトルは、基礎化粧品の容器としてはタブーとされていたガラス製。しかもバルクを詰め替えるのではなく、レフィルを取り替えるスタイルにしたかったので、本当に時間と苦労を重ねましたよね。

佐藤 ご提案したときは、あんなに大変だと思わなかったんですよ。まず、筒形のガラスボトルの底をまっすぐカットするのが難しい。工芸品とも言えるガラスと、工業製品である底蓋と組み合わせるのも難しい。使う人にとっても、レフィルの詰め替えが大きな負担になってはいけないですから、微調整を繰り返しました。

野田 製造先を探すのも容易ではありませんでした。何十社と回っては断られて。その中でようやく「挑戦したい」と言ってくれた工場と巡り合えました。エクラのボトルを製作できる技術を持つ工場は全国で2社しかない。世界でもできるところはあまりないと思います。エクラのボトルは、まさに工業品と工芸品が融合したもの。こうしたものづくりができるのは日本だからこそ、と思います。

佐藤 大手企業には絶対に真似できないことですよね。

野田 敢えてガラスを選んだのは、「落としたら割れてしまう」儚さがあるから。うちのお客様から「触った瞬間、ガラスだからそーっと置いちゃったんだけど、この会社はこれを伝えたかったんだと思ったのよ」と言われて。「大切にしよう」という気持ちは壊れてしまうから生まれるんだ。だからエクラのボトルはガラスであるべきなんだと、すごく腹落ちしたんです。大切にしているものには愛着が湧くし、毎日使うものだから自分の大事なパートナーとして長く愛用してもらうために、ガラスであることは凄く大事だと思っているんです。

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佐藤 そういう価値が、さりげなくあるんですよね。多分、お使いになっているお客様には、理屈は分からなくても感じていただけているんじゃないかって気がするんです。それは、自分にとって「特別なもの」という関係性になっていく。知らず知らずのうちに他とは違うと感じてもらえる、そういう特別な関係をつくっていきたいですね。

野田 ほんとうにそうですね。石鹸でもお客様にはそれが伝わっていて、「もう私の体の一部です」とおっしゃってくださるんですよ。石鹸ですよ!100円で買おうと思えばいくらでもあるのに、こう言っていただけるのは、美しいものをつくり続けるという時間軸から生まれた、「愛着」なんじゃないでしょうか。これって、シンプルなものじゃなければ、できないじゃないですか。時間をかけて、手間ひまをかけるなんて、装飾の多いものでは行き着かない。人の手を介さないと「本当のシンプル」じゃないと思うんです。

佐藤 使う人がそれだけプロダクトを愛してくれているって、嬉しいことですよね。それは何といっても、P.G.C.D. JAPANのプロダクトは中身がいいからですよね。石鹸も素晴らしいからリピーターが多いのでしょう。エクラにしても、中身とデザインが響き合って、ハーモニーが生まれている。唯一無二の美容液だからこそ、プロダクトデザインが生きるのです。

デザインってね、極端に言えば「嘘」をつけるんですよ。格好つけたり、装飾したりして。「デザイン=格好をつけること」と誤解されることもあるんだけど、私は、デザインは中身とユーザーをつなぐ仕事だと考えている。だから中身が特別なものなら、デザインも特別なものに。中身が普通なのにデザインだけ特別なものにしても、合わないからすぐにバレてしまう。例えば、P.G.C.D. JAPANと同じくシンプルがコンセプトのプロダクトでも、本質的なメッセージが違えばデザインは違ってくるんです。

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自分の髪を育てる時間を、かけがいのないものに。

野田 2014年に発売したスカルプケアソープ『サボン モーヴ(以下、モーヴ)』も開発に4年を費やしています。P.G.C.D. JAPANでも、ずっとスカルプケアの世界を創りたくて。液体シャンプーなども考えたのですが、やっぱり原点回帰して石鹸にたどり着きました。お客様には新鮮に映ったようですが、そもそも昔の人は石鹸で洗髪していたんですよ。実は、年齢を重ねている方からすると、シャンプーは怖いというイメージがあるみたいで。抜け毛が怖くて毎日洗えないそうなんです。

佐藤 頭皮にも良くないと感じているのかも。

野田 そんなお客様がモーヴを見たときに「これだ!」と思っていただけるみたいですね。毎日髪を洗えて、髪を洗うのが怖くない日々がほしかったけれど、それを与えてくれるのが石鹸だとは思わなかったみたいで。

佐藤 若い人にとっては初めての経験であり、ミセス世代以上の人にとっては懐かしく感じられると思います。昔あった行為が新しく生まれ変わったことによる、安心感もあるはずです。それぞれの年代に、新鮮な体験を提供しているのではないでしょうか。さらにこの紫には、じわっと染み込むイメージがありますからね。

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野田 色の与える影響って、もの凄く大きいですよね。このモーヴの色は、お客様からも大好評で「この色が好き」と言っていただけることが多いんです。この紫は、P.G.C.D.のスカルプの世界観をつくってくれてますよね。

佐藤 大量生産品であれば、このような紫系の色はまず選択しません。P.G.C.D. JAPANには独自の世界観があって、中身も特別なものですから一般的な色は選びたくなかった。普通を選んだら、P.G.C.D. JAPANじゃなくなってしまう。

野田 同じくスカルプケアアイテムの『カンテサンス(育毛美容液)』も、プロダクトデザインも相まって本当にどこにもない製品に仕上がりました。頭皮に当てると6本のノズルから美容液が染み込んでいく。もう、他にはないですよね。

佐藤 世界中の人に見せたら、「何これ!」ってびっくりされるよね(笑)。海洋生物とか宇宙からやってきた未知の生物のような、不思議な存在感にしたかった。それでいて、未来を感じさせるようなもの。今までの、いわゆる育毛剤とは違う世界観にしたかったんです。

野田 モーヴとカンテサンスには、自分の髪を育てる時間を、喜びであり、かけがえのないものにしてほしい、という想いを込めています。まだまだ育毛剤にはネガティブなイメージがあって、「使っていることを人に知られたくない」「恥ずかしい」と思っている人も少なくありません。だからこそ、鏡に映った使用している姿がチャーミングになるような製品にしたいと考えていたんです。「頭皮にカンテサンスがじゅわ〜っと染み込んでいく瞬間に、命を与えている感じがするんですよ」と仰ってくれるお客様がいて、そういう話を聞くと僕たちとしてもやっている意味があるなと感じるんです。
ただカンテサンスも製造会社を探すのが大変で、ほとんどは断られてしまいました。

佐藤 この三次曲線は意外と難しい。

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野田 レフィルになっているし、6本足から美容液が流れ出るという仕組みも難しい。だから最初は断られるんですよね。そこから始まって、いろいろ探して、ようやくなんとか「取りあえず進めてみますか」と言ってくれて。

佐藤 普通の会社はそれを絶対やらないですからね。だけどP.G.C.D.JAPANはそれを気に入ってくれて、何とか形にしようとしてくれるじゃないですか。それがなかったら、こういうものは生まれてこなかった。

野田 エクラのときもそうでしたが、製造が技術的に難しいと言われたときは、必ず「なぜこのデザインじゃないとダメなのか」を話すんです。「あなたは育毛剤を使っているときのユーザーの表情をご存知ですか?皆さん、どこか後ろめたさを感じながら隠れるように使用している。カンテサンスは堂々と鏡越しの自分と対峙して、未来を描きながら笑顔で使ってほしいものなんです」と。

佐藤 8割の企業に無理だと言われても、中には難しいことをやってみたい、という会社は必ずあります。想いやコンセプトを気に入ってくれて、形にしようとしてくれるところが。

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野田 そうなんです。私がカンテサンスへの想いを語ったところ、あるOEM(相手先ブランド製造)会社の方が「やってみよう」「こんなワクワクする気持ちになったのは創業以来だ」と言ってくれたんです。P.G.C.D. JAPANのプロダクトが人と社会の幸せの一つになることを信じてもらえたとき、物事は進むんだな、と感じました。私たちは、そういう方々に支えられているし、協力してくれる人の想いも背負っている。身が引き締まる思いでした。

佐藤 シンプルなものって、誤魔化しがきかないから大変なんですよ。でもそれを乗り越えると、ありそうでなかったものが・・・。

野田 見えてくる。

佐藤 やっぱりやってみないと分からないことがあって、やってみてそこまで行った時にまた新しく見える道があるわけですよ。でもそこに行く前にできないとか、調査したらあんまり評判が良くないとか…。実は感覚がすごく重要で、理屈とか数字とか追っ駆けてくとそこには絶対いけない。「なんかわかんないけど、これやってみようよ。」っていう…。それが野田さんにあるから、一緒にこういうものを開発するのがすごく喜びになってるわけですよ。一緒に行ってみようよっていうエネルギーとか、パワーがないと日本のものづくりも駄目になりますよ。

野田 お客様がおっしゃられる期待っていうのは、どこかで出会った期待、見たことのある何か。で、見たことないものは伝えられないし、見たことないものは欲しいと言えないですからね。

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本当のシンプルは、生き方を示してくれる。

直感が響き合うことで、良いものが生まれる。

野田 卓さんは、いつもプロダクトデザイン案を何案か作ってくださるので、楽しみに最後まで全部見せていただくんです。でもカンテサンスの時は、途中で見た瞬間「これ最高ですね!」って、思わず立ち上がって握手を求めましたよね。

佐藤 私も毎回、野田さんがどこに反応するかドキドキするし、楽しみなんですよ。案を出す以上は、どれに決まってもP.G.C.D. JAPANらしいものを提案しています。でも、敢えておススメは言わないようにしている。 言っちゃうと発案した自分の発言が力を持ってしまうので。

野田 見た瞬間、お客様が使っている光景が浮かんで、そのシルエットが他にはないものに感じたんです。

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佐藤 野田さんはデザインに対して、直感を大切にしてくれるじゃないですか。すごく嬉しいし、そこがすごく重要で。今の世の中、それができない人が多いんですよ。自分では「これがいい」と思っているのに、周りや世の中の反応にびくびくして、自信が持てない人が多い。こうした人たちは自分の感覚をないがしろにしているように思えます。場合によっては理屈も重要。でも、すべてをロジックやデータにしないと「いい」「悪い」がわからない、自分の感覚が信じられない人がいる。それが大問題なんです。人間は五感も含めて複雑にその感覚を受け止めているのに、その感覚をうまく活かせていない。人が本来持っている感覚がもっと活かされる社会になると、もっと豊かになるし、心地良いこと、楽しいことが増えると思うんです。デザインを考えるときも感覚を大切にしているし、直感が響き合うことで理屈を超えたエネルギーがそこに生まれる。多くの人は、なかなかそれができないんですよね。

野田 学生時代に父から教わったことが、ずっと胸に残っています。「クリエイティブの源泉は自分の頭の中に浮かんだ発想である。それを自分自身で大切にしないといけない―」。難しいテーマではあるんですが、本質的に価値あるものを生み出すためには、逃げずに日々考え続ける努力は怠ってはいけないと思っています。

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佐藤 きっとお父様は、いいものを野田さんに与えていたんでしょうね。いいものを知っているとよくないものも分かるようになる。いいものを知らないと、いいものは絶対に作れない。野田さんは「いい」「悪い」の判断基準を持っていますから、直感で「これがいい」と思えるんでしょうね。理屈は後で考えればいいわけだから。そう思えるっていうことは、すごく重要なんですよね。素晴らしいことです。

本当のシンプルとは、すべてを包括していること。

野田 「本当のシンプル」とは、何かを選んで何かを選ばない行為だと思うんです。シンプルを選ぶということは、シンプルではないものを捨てるということ。それって、価値観とか生き方とか、自分が何を大切にしたいのかという宣言に近いんだろうなと。シンプルって一つではないとは思うんです。その中である意味、人の生き方の価値観というか、方向性を示してくれるものが本当のシンプル。うちのブランドもそんな風になっていければいいなと考えていたんです。

佐藤 少し前にシンプルがトレンドになっていた時期があります。そのとき「シンプル=何でもそぎ落とせばいい」と誤解している人が多く、危機感を抱いた時期がありました。本当のシンプルとは「単純に見える中に、大切なものがすべて含まれている」ことだと私は考えます。簡単で単純なものに見えるんだけれども、その中にすべてが入ってるっていう。

野田 うちの商品もそうですよね。

佐藤 そうそう。

野田 4年もかけて、詰め込んでつくってますからね。

佐藤 世の中のものが全部シンプルになっちゃえばいいかっていうとそうは思わないですが、シンプルであるべきものは、ちゃんとシンプルであることによって、装飾的なものとの相対的な関係が美しくなるというイメージを持ってるんです。

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